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ネタばれありの秒速5センチメートル感想

今回はネタばれありです
この後作品を見る予定の人はこの記事を見ないほうがいいかもしれません
ネタばれなしの感想は秒速5センチメートル 感想

ただ、ネタとしてばれてしまう項目については重要度は無いようにも思えます
新しさを失ってしまうかもしれませんが、予習の意味で読んでから作品を見ても面白いかもしれません

 ——

まずこの作品で強く描かれているのは距離、スピードです
それは心の距離であったり、その距離の変化のスピードであったりします
この作品は三章で構成されていますが、一貫してこのテーマを軸としています

桜花抄
主人公の貴樹と明里の物語

親の都合で転校を繰り返す貴樹は、同じように転校を繰り返している明里と出会います
「お互いにどこか似ている二人」は、同じ時間を過ごすことが多くなります

中学にあがる頃、同じ中学を受験し、一緒に通うと疑わなかった二人
だけど、明里の両親の都合で転校することが決まってしまいます

泣きながら謝る明里に、貴樹は言葉が出ませんでした
本当は自分よりも辛い明里を慰めたかったのに...

こうして中学にあがって半年、明里から貴樹に手紙が届きます
「貴樹君、お元気ですか?」
こうして二人が手紙をやり取りする日々が続きます

いつしか貴樹にも転校が決まり、二人の距離はさらに遠くなってしまいます
その前に、明里に会いに行こうと計画を立てます

 ——

この章では、転校という障害で離れてしまう二人が再び近づこうとする物語です
物理的に離れる二人ですが、心理的に離れられないでいる二人が行動を起こします

単純に言ってしまえば貴樹が明里に会いに行くだけの話ですが、そのプロセスの中で揺れる心境が強く描かれ、非常に深い話になってます

会いに行く途中、雪で電車のダイアが乱れていきます
約束の時間を過ぎ、それでもどうすることも出来ない辛さや悔しさ
作中に、貴樹の「時間ははっきりとした悪意を持って僕の上を流れていく」という台詞があり、その悔しさが強く出てます
同時に「明里、どうか家に帰っていてくれたらいいのに」という台詞から、明里に対する気持ちの強さも現れてます

結局電車は何時間も何時間も遅れて、到着したのは約束の時を遥かに過ぎた時間でした
魂が抜けたようにうつむいて歩く貴樹
改札を抜けて明里を見つけたときの言葉に表せない衝動や気持ちが、貴樹の表情から伺えます
やっと出会えた二人は、声を殺してただ泣くのでした

ここでの二人の心は同じ位置にあります
ここから離れて暮らすこととなった二人の心の距離は、徐々に変化していきます
その過程が二章、三章を通じて描かれていきますが、全体的な視点や距離は貴樹が中心となります

コスモナウト
転校してきた貴樹
そんな貴樹に「人とは少し違うもの」を感じ、恋に落ちてしまった花苗の物語

この章の主人公は花苗になります
明里を残して転校した貴樹に対して、貴樹の過去を知らない花苗が恋をしてしまいます
決して近づくことの無い心の距離と、近づこうとがんばる花苗の切ないお話です

花苗の場合、貴樹と明里の少し大人びた恋とは違って、本当に年相応の幼い恋です
それゆえに、どこまでも純粋な恋として描かれています

ずっと忘れていたものを取り戻した特別な日、花苗は貴樹に告白しようと決めます
帰り道、ついに告白しようと歩く貴樹の服をつかんで止めます
「どうしたの?」と聞かれ、言葉を発しようとするのですが、結局言うことは出来ませんでした

その後、歩きながら花苗は泣き出してしまいます
(貴樹君、もうこれ以上優しくしないで...!)
花苗は貴樹の心に近づく過程で、決して貴樹に近づく事は出来ないと気づいてしまうのです

それでも貴樹に対する恋を捨てられない花苗がただ泣きながら寝るシーンは本当に印象に残ります

貴樹の心はずっとあの日から止まってます
明里に囚われ、前に進むことを放棄してます

秒速5センチメートル
すべての物語の終着点です

ここでのレビューは本当の意味でのネタばれとなりますので控えます
というのも、ここまで読んでいただいた方で興味のある方は、実際に最後を見ていただきたいのです
逆に興味のない方は、多分話しても仕方ない気がします

この章での見所は、それぞれの心の距離...というか位置ですネ
どこにあるのか見つけてください
とても意味のある最後です

最後に
この作品は、新海さん自身が生きている上で感じていることの一つを表現してます
また、「作品を作る」という分野において、ご自身にとっても本当に意味のあるものとして作り出したと思います
今回、日々感じている「人に生きるスピード」の違いを映像作品として表現したわけですネ

新海さん自身が、たとえば主観であっても、主観で見ている自分を客観視してしまっているような人です
普段、人が気にすることの無いものにも目を向けられる人です

たとえば、人の生きるスピードが違うのは当たり前ですが、あえて言葉にして考えるなんて事はありませんでした
あって当然、空気みたいなもので意識していないわけです
でも、「ほら、そこに在りますよ?」といわれ、初めてはっとするのです

この作品を見たことによって、物事の見方が大きく変わりました
この作品には、ただの映像作品を超えるすばらしいものが存在します
ぜひ見つけ出してください

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